カーボンニュートラル

<脱炭素社会の実現に向けての基本的考え>

はじめに

すでに始まっている地球温暖化は恐竜が絶滅したような大きな気候変動になるのではないか。地球の気温が4度上昇すると、動植物の種の半分が絶滅の危機に瀕するとされています。地球の異常な気温上昇を観測し、危機的状態にあることをいち早く察知し、警鐘を鳴らしつづけているのが、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)です。パリ協定では世界の気温上昇を産業革命まえとくらべて1.5℃におさえることを目標にしています。巨大化した技術文明は快適で便利な生活をつくりだすことに成功しましたが、一方で、エネルギーをおしげもなくつかう社会、言いかえれば化石エネルギーにどっぷりつかった社会でした。しかし、この人間活動には「地球の温暖化」という地球史を揺るがすような思わぬ出来事が潜んでいました。兆候が顕れはじめたころ、この現象を否定する研究者もいましたが、今日では、まちがいなく地球環境は危機的な状況にあり、「人新世」の象徴的な現象となっています。

国連によって設立され、京都で開催された第3回気候変動枠組条約締約国会議で初めて法的拘束力のある温暖化ガス削減の数値目標が締結されました。しかし、詳しい検証がなされないまま、現在のパリ協定に引きつがれています。遅ればせながら「気候変動に具体的な対策」が盛り込まれ、世界の気候変動への取り組みが活発になってきています。政府もこの協定に沿って温暖化ガス削減目標を国際公約しています。2030年までに温暖化ガスを46%削減し、2050年にはカーボンニュートラルにするとしています。次世代型太陽電池、カーボンリサイクルをはじめとした革新的なイノベーションを骨子とした促進政策をすすめています。

私たちの日々の暮らしは頻繁におこる異常気象を肌で感じ、グローバリゼーションの欠点、巨大産業にひそむもろさなどから生じる危険にさらされています。地球環境保全トラスト株式会社では、即刻、実効性のある対策を必要とする脱炭素社会の実現に向けて、基本的な考え方や取り組みを解析し、カーボンニュートラルへの糸口をさまざまな視点から探ろうとしています。CO2排出量削減はもはや避けられない課題です。

I 取り返しのつかない地点に近づいている地球環境

I-1 化石エネルギーがつくりだした地球温暖化

今日の地球温暖化問題は、化石エネルギーの飛躍的な消費増加と直接つながり、間接的には爆発的な人口の増加に起因しています。そして、その底流には目標の定まらない科学技術の発展があるとされます。この動きを時間スケールで見ますと、深刻になってきたのはこの半世紀余りのことで、古いことではありません。世界の平均気温と化石エネルギーの消費量の動きをかさねあわせますと、両者はよく一致し、20世紀後半から状況が一変したのがわかります。人類が火をつかったり、メタルをつくったりしてエネルギー消費を増やしてきましたが、20世紀のなかころまではその量はわずかで大気や生態にあたえる影響は心配するにおよびませんでした。統計を見ますと気温は産業革命以前に比べてすでに1℃以上上昇しています。また、世界人口も2023年に80億人を超え、うなぎのぼりです。CO2に代表される地球温暖化ガスの飛躍的な増加によって大気や地表のバランスが崩れ、生態系が悲鳴をあげ、放置できない状況です。

I-2 カーボンニュートラル

カーボンニュートラルとは温室効果ガスの排出量と吸収量をバランスさせ、実質的にゼロにすることです。英国、ドイツ、フランスなど欧州各国、カナダ、ニュージーランドなどはすでにこの目標を決めております。目標達成年は国によりことなりますがいずれの国も2050年までです。アメリカもバイデン大統領が就任して「パリ協定」に復帰し、積極的に環境政策を進めるようになりました。中国も2060年カーボンニュートラルを宣言しています。2021年の 世界CO2排出量を見ますと336億トンで、中国(32%)、アメリカ(14%)がとくに多く、日本は3.0%となっています。わが国の目標達成年は2050年で、 さらに2030年までに温室効果ガス排出量を46%(2013年度比) 削減すると公表しています。2021年の日本の温暖化ガス排出量は世界の3.0%、11,4億t-CO2です。そのうちの91%までが化石エネルギーからのCO2でしめられています。一方、1990年以降の一次エネルギーの需要推移は下図のようになり、2022年では石炭が26%、石油が36%、天然ガスが22%となっています。2030年までに46%削減、2050年カーボンニュートラルは容易にには達成できるような目標でありません。

I-3 CO2排出と産業

エネルギーはいたるところにさまざまな形で存在、単位もバラバラです。そして、ながれは複雑にからまっています。エネルギー資源では、化石エネルギー、水力、新エネルギーなど自然界に存在する一次エネルギーからはじまり、それらを何らかの形で変換したガソリンや灯油、電力、都市ガス、水素などが二次エネルギーとしてあつかってあいます。国連では一次エネルギーを石炭、褐炭、薪炭などをまとめて固体エネルギー、石油などを液体エネルギー、天然ガスを気体エネルギー、さらに電気エネルギーの4つに区分しています。したがって、国連統計では水力、原子力など直接電気が得られる (一次)電気エネルギーと石炭、石油、天然ガスなどから発電される(二次)電気エネルギーが区別されます。よく話題になる水素エネルギーは自然界には存在せず、おもに電気分解によって製造されますので二次エネルギーなります。またエネルギー資源を論ずるときは石油に換算した単位が、地球温暖化ではCO2排出量を基準にして論じていますが、定性的には両者は理解でいますが、詳細は単位の異なる統計も多く、換算値はしばしば一致しません。2022年のCO2排出量は産業部門(34%)、運輸部門(18.5%)、オフィスなどでつかわれる業務部門(17%)、家庭(15%)などなっています。さらに、産業部門のなかでは製造業の鉄鋼、化学がとくに多くなっています。電力の消費は製造業では21%となっています。

I-4 つかいがってのよい電力とむつかしい電力の貯蔵

周知のように、電気は1秒間に地球を7.5周というすごい速さで電線をかけめぐります。発電された電気は瞬時に工場や家庭に届けられ、動力、照明、冷暖房などに活用され電気自動車も走らせています。今日もっともつかいがっての良いエネルギーで、化石エネルギーも原子力も水力も電気エネルギーとして多くつかわれています。今後もこの傾向は加速され、電気エネルギーのシェアは大幅に増加するとかんがえられます。遠く離れた発電所と消費地の間は網の目のように張りめぐらされた送電線によって結ばれていますが、送電ロスを少なくするために電圧は50万Vの超高圧から100Vの低圧まで何段階にも分け送電されます。まず発電された電気を高圧に上げて消費地近くの変電所へ送られ、順次、電圧を下げて工場、事務所、家庭などへとどけています。受電は新幹線や大工場では16~2万Vの段階で、小工場やビル、家庭では6,600Vあるいは200か100Vです。変電所では電圧を高低させるだけでなく、ことなった発電方式による電力を組み合わせ、最適なバランスをたもっています。すなわち、電源をベースロード電源、ミドル電源、ピーク電源の三つに区分しています。2010年ころにはベースロード電源 に石炭発電、水力発電などの安定した価格の安い電力が、ミドル電源には発電量を一部調整できる天然ガス発電などが、さらにピーク電源にはコストは高いが電力の変動にすぐに対応できる揚水発電と石油発電が準備されています。しかし、この電力構成は再生可能エネルギーの増大により近年大きく変化してきています。後に詳述します。電気エネルギーには大きな欠点があります。電気は必要なときに必要な量だけ発電するのがたてまえで、貯蔵できないことです。しかし、需要は昼と夜、夏と冬、平日と休日など時々刻々変化しています。したがって、発電は変動する消費量に時差なく対応する必要があります。需給バランスが崩れますと波長や電圧にトラブルが発生します。火力発電所にはこの調整機能をそなえたものもありますが、調整量は限られています。そこで、多量の余剰電力を一時的に電気エネルギーから水の位置のエネルギーに替えて蓄える揚水発電や化学エネルギーに替える化学電池が工夫されています。

I-5 密度の薄いエネルギーと発電

現在わが国でつかわれている電力需給システムは世界にほこる立派なものです。電圧や周波数の変動は少なく、エネルギー効率も高くなっています。ところが、近年、再生可能エネルギーのシェアが飛躍的に増え、しばしば需給バランスが崩れ、電力が無駄になる事態が発生しています。大型水力発電を含めた再生可能エネルギーの電力のシェアは2010年には9.8%でしたが、2022年には22.8%、2.3倍に伸びています。太陽光発電と水力が多くをしめていますが、水力は戦後各地で大規模ダムが建設され増えましたが今日では適地が見当たらず、発電量は伸びていません。今後の開発は太陽光のシェアが中心になるとかんがえられます。しかし、太陽光発電は、昼間は発電しますが夜は発電しません。晴れた昼間の発電量が変電所の調整能力を越えますと電気が余り、一時的に発電を止める「出力制御」を実施することになります。九州電力では2018年5月3日13時に太陽光発電量が消費量の81%に相当する電力に達しました。このとき多量の余剰電力が発生し揚水発電に回してしのいでいます。10月には「出力制御」をおこなっています。また2024年の3月31日のスポット価格を見ますといずれの電力会社でも昼間は実質ゼロ円で取引されています。

I-6 再生可能エネルギーの送配電

再生可能エネルギーの利用拡大にともなって、新たな二つの問題が浮上しています。一つは時間帯や天候、季節などにより変動する質が悪いことと、もう一つは送電網の見直しです。たとえば、太陽光発電は昼間に余剰電量を発生する新しいジャンルのエネルギーですが、既存の送配電システムでは原子力と大型発電所の夜間の余剰電力を想定してつくられていますので対応困難になっています。現在再生可能エネルギーが既存の送電網のどこに組み込まれているかをみますと三つあります。消費近くある配電用変電所(6,600V)あるいは 柱上変圧器(100Vまたは200V) 、さらに消費地から遠く離れた高圧変電所です。家庭の屋根などで発電された電気はまず自家消費され余剰電力は柱上変圧器へ送られます。発電量のもっとも多いメガソーラは高圧(6,600V)の電線網がつかわれています。この場合発電所の近くに高圧の送電線が施設されていることが必要です。また数は限られますが超大型太陽光や洋上風力では高圧変電所へ送電があります。さらに間接的になりますが発電条件のよい九州の余剰電力を本州への送電あるいは周波数の異なる地域電力間の送電も必要になります。

I-7 需給オペレーションとむつかしい蓄電

大手電力会社(10社)にくわえて電力を小売りする電力事業が2016年から始まりました。今日では多数の事業者が一般家庭やビル、工場などに電力を供給しています。しかし、太陽光発電、風力発電はじめ再生可能エネルギーは、変動性の大きい、質の悪い電力が多く、そのまま消費者に届けるわけにはいきません。安定した、良質の電力にして提供しています。電力平滑化はこの供給者と需要者の間のバランスをとるもので、地域電力会社(大電力会社)だけでなく小売電力事業者でもおこなわれています。いずれの場合も蓄電機能が不可欠です。そこで、電気エネルギーを一度化学エネルギーや位置のエネルギーに変換、貯蔵し、需要の大きい時間帯や季節に電力として回収しています。蓄電には化学電池が広くつかわれリチウム電池が主流になっています。しかし高価なためになかなか普及しません。化学電池にこだわらず、揚水や重力を利用する蓄電装置も考えられれますが、まだ実用例はありません。現在、この電力調整役の大半は大型火力発電や揚水発電に依存していますが、新たに太陽光発電や風力発電の余剰電力をも気的にした中・小規模の蓄電装置の研究開発が喫緊の課題です。この装置は防災にも役立ちます。

コラムI-1 地球温暖化ガス

地球温暖化ガスは古くから知られています。大気圏中の温暖化ガスは、赤外線を吸収し、地表で反射された熱の一部を再び地球側へ跳ね返かえすために、ゆっくりと地球表面の気温が上がってくる現象です。たとえば、IPPCの排出規制対象となっている温暖化ガスは6種類あります。主に化石燃料の消費によって放出される二酸化炭素(CO2)、植物の腐敗や羊、牛のげっぷなどにより発生するメタンガス(CH4)、自動車あるいは焼却炉などから排出される亜酸化窒素ガス(N2O)、エアコンなどに使われたハイドロフルオロカーボン類(HFCs)、電気および電子機器の製造あるいは絶縁材に使われるパーフルオロカーボン類 (PFCs)と六フッ化硫黄(SF6)です。水蒸気はもっとも大きな温室効果ガスですが、人間活動による影響はわずかと判断され、除かれています。温室効果への影響はそれぞれガスによって異なっており、COを基準にして、ほかの温室効果ガスがどれだけ温暖化する能力があるか表したのが地球温暖化係数 (GWP:Global Warming Potential)です。CH4が25倍、N2Oが296倍、その他HFCs、PFCs、SF6、NF3が数千~数万倍となっています。しかしながら、量を考慮すると毎年放出される温暖化ガスの排出量シェアは90%以上が人為的排出されるCO2になっています。

II 足もとにねむる自然エネルギー

II-1 足もとにねむる自然エネルギー

地球表面にはさまざまな自然エネルギーが存在します。しかし、それらのもとをたどりますと、太陽からのエネルギー、地球内部からエネルギー、潮汐のエネルギーの三つになります。化石エネルギーもバイオマスも風力も水力も、太陽から地球にとどけられたエネルギーです。すでに触れましたように、20世紀後半に化石エネルギーの需要がうなぎのぼりに増え、7千万年~1億年も前に地球に降り注いだ太陽エネルギー(石油、石炭、天然ガスなど)が今日の社会に大量によみがえり、多量の温暖化ガスを放出しています。その結果、大気のバランスがくずれ、地球の温暖化が加速されています。差し迫った地球温暖化対策は化石エネルギーの削減にしぼられてきています。替わって、つかえるエネルギーは現在降り注いでいる太陽光と地熱になります。

政府はグリーン成長戦略として、太陽光、バイオマス、風力、水力、地熱の5つを中心におき、早急な普及拡大を求めています。種々の補助政策が実施しています。これらのエネルギーはいずれも再生可能で、地球温暖化問題が顕在化する以前には技術的あるいはコストの視点から大規模な利用は不可能と見なされ、化石エネルギーが枯渇したときの準備に使うためにほそぼそと研究されていました。1974年の「サンシャイン計画」では、石油の代替を目的に議論が展開されています。そのころは今日のように主力電源としてはかんがえられない存在でした。

II-2 あゆみはじめた太陽光発電

(1) 太陽電池

太陽光発電は枯渇がなく、温暖化ガスあるいは放射能汚染の心配もない今日考えられるもっとも魅力的なエネルギー資源の一つです。各国がきそって開発をすすめており、世界の年間再生エネルギーの50%以上をしめています。開発当初は経済的あるいは技術的な理由から時計や計算機など特殊な用途にとどまっていましたが、この20年間に発電技術が大きく進展し、周辺機器もととのい、安価につかえるようになりました。現在の発電コストは大型火力発電とくらべで遜色なく、既存の電力に競争できるところまで近づいています。IEA(国際エネルギー機関)の統計を見ますと、2020年の累積導入量は約7.7億kW.ですが、ほとんどがこの10年間に設置されています。今後もこの急激な伸びはつづくと考えられます。一方、当初はクリーンなエネルギーとして手放しに歓迎されましたが、規模が大きくなるにつれてさまざまな問題も発生し、今日では規制が必要になっています。とくに地表型メガソーラーでは詳細な事前調査を必要としています。またエネルギー密度が低く設置に広大な面積が必要で景観および生態系へ影響が心配されます。さらに発電電力の不安定があります。

(2) 太陽発電開発のこれまでの推移

太陽光や風力がエネルギー資源として本格的な導入が考えらるようになったのは、わが国では1974年の「サンシャイン計画」、つづく「ムーンライト計画」からです。目的は石油に替わる枯渇のない安定したエネルギーの開発のためでした。四国仁尾町には規模の大きい太陽光発電所が試験的につくらています。しかし、発電効率が悪く実用化にはいたっていません。その後も小規模ながら種々の太陽電池材料が試作され、日本が世界をリードしていましたが、コストがかかり化石エネルギーとの大きな差はうずまりませんでした。

ところが、今日、温暖化ガス削減のためクリーンな電力として太陽光や風力が見直され、事情は一変しています。技術が大幅に改善され、周辺機器もととのい、コストが大きく下がり、厚い補助制度に助けられて普及してきています。条件のよい大型太陽光発電では火力発電に競合できるところまできたとの報告もあります。また日本の太陽光電池生産はながく世界の大半をしめていましたが、現在では世界市場70%以上が中国産です。日本も中国に依存しています。素材はシリコンがほとんどで、発電効率は20~25%程度です。次期太陽光発電の素材として、塗布や印刷も可能なペロブスカイト太陽電池が注目されています。

(3) さまざまな太陽電池

 太陽光発電システムは多種多様です。パネルの素材の点からは単結晶あるいはアモルファスシリコン半導体、化合物半導体などがあります。発電量の大半をしめ、歴史的に古いのは単結晶シリコンあるいはアモルファスシリコンです。最近注目されているのは、薄膜で塗布できるペロブスカイト(灰チタン石,CaTi3)や有機物半導体あり実用化に近づいています。発電容量と設置場所の視点からは、住宅屋根用の4~50kWのコンパクトなものからメガソーラーと呼ばれ1,000kWを超える大規模なものもあり、地表型、屋根型、水上型など区分されます。また農業や駐車場と両立させる営農型、駐車場型も実用化されています。

II-3 バイオマス

通常、バイオマスとよばれているものには、農林水産資源をはじめ都市ゴミ、汚泥なども含めて考えられています。近年、再生可能でカーボンフリーエネルギーとして注目されているのは、バイオマス発電、液体燃料(エタノールとバイオディーゼル)があります。バイオマスは石油や天然ガスと同様、もともと光合成による太陽エネルギーですが、現生の太陽エネルギーの活用という点で化石エネルギーとは異なります。 

 (1) 森林の成長とCO2吸収・排出量

わが国は国土の66%が森林におおわれ、世界有数の森林資源に恵まれた国です。にもかかわらず、木材自給率を見ますと41%にすぎません。生産量は3千4百万m3/年(2021年)で、 最近は上昇してきていますが半世紀以上にわたって需要量の半分以上を輸入材がしめています。このように、林業経営にはすでに手厚い財政サポートが行われているのもかかわらず、採算がとれず、低迷状況しています。

よく知られているように、樹木は光合成により昼間はCO2を吸収しますが、夜間は呼吸によりCO2を放出します。その差がCO2削減になります。成長期には活発に光合成をおこないますので吸収量の方が排出量より多く、大気中のCO2を吸収します。しかし、老化・腐敗してきますと、吸収量と排出量が等しくなりCO2削減効果は失われてしまいます。したがって、成長した森林は炭素を長期にわたって固定、蓄積できますが、大気中の温暖化ガス削減に役立つのは成長を続ける期間です。一方、バイオマス発電、バイオ燃料、プラスチックの代替、建設廃材、伝統的な燃料などから排出されるCO2は現世代のもの(樹木が生きた期間) ですからカーボンニュートラルは保たれることになります。

(2) 森林の循環利用

森林の循環利用は木材の有効利用だけでなく、水源の涵養、生物多様性の視点からも重要な課題です。森林の開発、利用、再生は概略次のようになります。まず山地の整地・植林から始まり、下刈りの時期を経て、数十年かけて成長します。順調な生育をうながすためにはこの成長期に2~3回の間伐が不可欠とされています。間伐によって日光が地表まで届きますと小さな木や草が生え、ミミズやバクテリアが生息しますので空隙が増え、保水能力が向上し、表土の流出がおさえられます。ダムとして機能し豪雨時に役立ちます。どの程度まで間伐するかは決まっていませんが、たとえば、1ヘクタール当たり3000本を植林した場合、間伐が終わった時には500~700本程度になるとされています。したがって、間伐のたびに細い木や太い木などが混ざった間伐材が生産され、合板やチップに加工されます。ところが、わが国で、しばしばこの工程がボトルネックなり、搬出されず置きざりにされています。コストがかかり輸入材にたちうちできなくなっています。多くは急斜面の森林や林道からはなれた奥地などにあるためです。また台風などにより多量に発生した倒木がそのまま放置されたところもあります。コスト削減ために林道の整備・拡大と急傾斜でも操作できる機械の開発は急務となっています。さらに、息の長い開発計画も必要です。

伐採された材は一定期間貯木して水分をとばし減量してから市場に運ばれ、製材工程に移行します。まずもっとも価値の高い建築用材が、つぎに合板が生産され、残った切れ端や先端部分および間伐のときの枝や細い木がチップに加工されます。主伐採後は整地して、植林しますと森林は再生します。 

(3) 立ち止まっているバイオマス発電

バイオマスの発電は、直接燃焼する木質バイオマス発電、生物化学的ガス化発電、バイオ燃料、化学原料と発電のセットしたものなどがあります。対象は木質廃材、家畜排せつ物、食品廃棄物、家庭や事務所等から出るゴミなど多様です。わが国は世界有数の森林資源に恵まれた国です。国土の66%が森林におおわれています。ところが、木材自給率を見ますと最近は上昇してきているものの、それでも41%、3,400万m3/年(2021年)にすぎません。半世紀以上にわたってシェアの半分以上が輸入材によってしめられています。手厚い財政サポートにもかかわらずわが国の林業経営は採算がとれず、低迷しています。木材の有効利用だけでなく水源の涵養、生物多様性の視点からも早くこの状態から脱却し、健全な姿にもどることが望まれています。

(i)木質バイオマス発電

木質バイオマスをチップやペレットにして燃焼させ発電します。発電だけではエネルギー利用効率が低いため排熱も利用した熱電併給システムも採用されています。通常バイオ発電施設の規模は小さく、地産地消が適切です。経費のほとんどは燃料費がしめ、原料の価格と安定供給が課題になります。

国内木質バイオマス燃料の供給源は二種類あります。一つは製材工場、建設発生木材、製紙工場などからの廃材で、もう一つは森林地に発生する間伐材などです。前者は製材所などの副次的な利用で、すでに活用されています。問題は後者です。少し古いですが2018年のデータを見ますと、わが国の林地からでるバイオマス燃料は1,200万トン(湿潤重量)と推定され、そのうち利用されているのは1/4 (26%)にすぎません。多くは林地に残置され、腐敗しています。いかにして低コストでバイオ燃料を発電所までとどけるかが課題です。抜本的な改革が望まれます。

(ii) 輸入木質ペレットによるバイオ発電

2021年のわが国のバイオマス発電量は332億kWhで、総発電量の3.2%にあたります。バイオマス発電は近年急激に増加していますが、これは固定価格買取制度(FIT)のもとに臨海地などに建設された大規模のバイオマス発電所によるもので、パームヤシ殻など輸入燃料をつかっています。発電コストの約 70%を燃料費がしめ、国産の木質ペレットの価格にくらべ輸入品は 1/2~1/3とされていますが、最近は変動しています。木質ペレットの統計によりますと2012年の自給率は58%でしたが、2020年では7%にまで低下しています。輸入先はベトナム、カナダ、タイ、マレーシアなどです。  

(iii) 家畜排せつ物によるバイオ発電

農林・畜産業からの排せつ物や生ごみ、下水汚泥などを生物化学的に処理し、生成したメタンガスによるバイオガス発電が稼働しています。2021年の発電量は5.17億kWhで、245件ありますが平均すると400kW/件で小規模です。牛の排せつ物で見ますと、100頭前後から数千頭の排せつ物が対象で、地域の特性を生かした小規模な発電や発電・熱の併用のバイオマス発電所が建設されています。課題は原料の収集・輸送、メタン発酵、残さ処理、においなどがあります。

(iv) バイオ化学原料と発電

化学プラントは化学製品 (バイオプラスチック)の生産と発電をセットにしたものです。木材中のリグニンを化学処理により安定化した形で取り出し、過程で発生したメタンガスで発電するものです。隠岐の島で稼働しています。

(v) バイオ燃料など 

バイオからガソリンに混合するメタノールとバイオジェットのバイオ燃料が生産されています。主な生産国はブラジルとアメリカで、ブラジルではサトウキビからアメリカではトウモロコシから造られています。いずれも食糧と競合関係にあります。食糧問題とのかかわりのないセルロース(草木、古紙など)からのメタノールやエタノールの製造法が考えられていますが、高価でまだ研究開発段階です。

II-4 風力発電

 ドン・キホーテが書かれてたころは、風力は人に替わって穀物を挽いたり、船を走らせたりする動力でした。しかし、産業革命をきっかけに蒸気機関が普及し、すっかり忘れさられた存在でした。ところが、近年、枯渇のない、次世代をになうエネルギーとして再び脚光をあびています。太陽光とともにクリーンエネルギーとして再生エネルギーの中核なろうとしています。

(1) 風力発電の適地

中緯度でつねに西から東に吹いている偏西風帯が適地です。なかでも海や平原をわたってきたところでは西風が強く安定に吹いています。すなわち、大陸の西海岸や砂漠の東側が風力発電の適地になります。ユーラシア大陸ではドイツ、スペイン、イギリス、フランスなどがあり、ゴミ砂漠の東側のウィグル自治区やモンゴルも適地です。アメリカ大陸では西海岸のカリフォルニア州やテキサス州などになります。日本では、東北、北海道の西海岸が中心で、日本海で回復した西風が脊梁山脈に向かって吹いています。中国地域や近畿地域では少なく、ローカルな地形からつくるだされた強風にかぎられます。

2020年の風力発電状況を見ますと、世界では、7.4億kWで、中国、アメリカ、インドなどが多くなっています。

(2) 日本の風力発電

日本の風力発電導入量は440万kWで、総発電量のシェアは0.9%です。伸びはゆるやかで、太陽光発電の急激な増加とは対照的です。陸上風力発電は、景観、騒音など環境への影響が懸念され、立地可能な地域はすくなくなっています。一方、洋上風力発電は安定した風力が得られやすく大きな規模発電所が検討されています。候補地は東北地方および北海道、九州の日本海側です。風力発電の長所は、陸上では建設経費が安いことと建設のリードタイムが短いことがあげられます。短所は天候に大きく左右され、時間的変動が激しいことです。したがって、電力平滑化のために蓄電池や揚水発電などによる対処は欠かせません。

II-5 地熱

地熱発電では地球内部からつたわってくるエネルギーを利用しています。地下に潜るとどこにでもあるエネルギーですが、開発対象となるのは、地下浅部で部分的に異常に高温になった特別なところのみです。わが国は地熱資源に恵まれた国で、古くからなじみの温泉などの直接利用と発電の二つのかたちでつかわれています。発電では1966年に松川で蒸気卓越型発電(2.4万kW)が成功し、ついで九州の大岳に熱水型発電所が建設されています。石油危機の折には開発が推奨され、1996年に53万にまで成長しました。このようにわが国は地熱開発は先駆的役割をはたしましたが、現在は停滞しています。2021年の発電設備は61万kW、総発電量のシェアは0.3%にすぎません。伸びない理由は地熱資源のポテン シャル(2,347万kW)の80%以上が国⽴公園の特別保護地区・特別地域内にあり、既存の温泉資源への影響、リスクやコストが高いことなどにあります。

なお、世界の発電設備容量は1,408万kWで、アメリカ(259万kW)、インドネシア(213万kW)、ニュージーランド、アイスランド、トルコなどが主要国です。

II-6 水力発電

(1) 水力発電の盛衰

“黒部の太陽”(1968)が話題になっていたころわが国の電力は水主火従といわれ、水力発電が主体で火力発電は補完的でした。しかし、その後急激に増大する電力需要をみたすために大規模火力発電がつぎつぎに建設されました。1973年の第一次オイルショックが起こったころは石油が主体でした。その後石炭と天然ガス、原子力に移り、2011年の東日本大震災を契機に原子力が大きく減少し、減少分の大半を天然ガスが補完し、今日にいたっております。大型水力発電はほとんどが開発済みで、あらたな進展は望めず、さまざまな形式の中小規模水力発電の開発がすすめられ、平均すると1か所当たり4,500kW程度の規模です。なお、2021年の揚水を含めた全水力発電の設備容量は5,003万kW、年間発電電力量は863 億kWh、総発電量の7.8%になっています。

(2) さまざまな小型水力発電

最大出力が1000kW未満の水力発電は小型水力発電としてあつかわれています。農業用水、砂防堰堤、水道用水、ビル・工場などにできている小落差の水力を活用して、持続可能な循環型の電源として開発されています。個々の地域特性に合わせて種々のタイプの小型水力発電が考案されています。

(3) 揚水発電と混合水発電

揚水発電は水力発電の高い信頼性と長い耐用年数にくわえて、エネルギー変換率が高く、比較的制御が容易な特性を生かし考え出された電気エネルギー貯蔵システムです。原子力発電や大型火力発電では夜間に多量の余剰電力が発生しますが、この余剰電力を有効に活用するためにすでに多数の揚水発電所が稼働しています。原子力発電所などではあらかじめ発電所と大消費地の間に位置する山岳地域に揚水発電所が設けられております。したがって、昼間に発生する太陽光発電から余剰電力を利用する揚水は考慮されておらず、遠く離れ小回りの利かないものになっています。あらたに太陽光発電からの余剰電力を対象にした小型の揚水発電が必要となっています。ところが、上池、下池の建設に膨大なコストがかかるため小規模の揚水発電はまだ実現していません。しかし、既存の灌漑ダムや河川井堰、池などをつかい、揚水と自然水を併せて発電すると経済性をもった適地があるとかんがえています。(詳細は各論のところで述べます)。

III ご迷惑のかからない自然エネルギーの利用

III-1 ご迷惑のかからない自然エネルギーの利用

熱波、寒波、大雨、干ばつなどの極端な異常現象が頻発し、温暖化ガス削減対策は一刻の猶予も許されなくなっています。しかし、一方で、自然エネルギーに依存した新しい社会の構築のために、さまざまなトラブルが発生しています。景観の破壊、土砂災害、ソーラーパネルの飛散、周辺住民の健康被害、土地利用制度への懸念などです。このように気候変動対策と生物多様性保全あるいは環境保全はトレードオフの関係にあるとの見方もあります。しかし、再生可能エネルギーの活用なしには危機的な地球温暖化を救う方法は見当たりません。 温室効果ガスの排出を2050年までに実質ゼロの国際公約の履行は不可能です。したがって、環境保全と再生可能エネルギーの活用は共生、住み分けが必要です。

これまでに発生したトラブルを見ますと、スケールメリットなど経済、工学を優先させ、環境アセスメントなどの配慮を後回したために起こった事例が目立ちます。今日、もっとも必要なことは、産業振興、環境保全、生物多様性、福祉施策などを⼀体的に、地域のもつ特性を生かして展開していくことです。

III-2 自然エネルギー利用の評価

再生可能エネルギーの開発適地はどこか。すでに述べましたように、自然エネルギーの開発は、生物多様性の保全に限らず、経済、工業の面からさまざまな制約をうけています。そこで、人工衛星画像やSNSをつかって、この四半世紀におこった開発適地にまつわる3つの課題を整理しました。 

(1) 開発促進地域と保全地域の概査

再⽣可能エネル ギー施設の促進区域と環境保全が優先されるべき地域とにあらかじめ区分する 必要があります。再生可能エネルギーの開発適地の調査は、通常、概査から順次精密調査に、文献調査から現地調査へと移行します。たとえば、概査では、風力発電では偏西風と風力発電候補地との関係について述べましたが、さらにこれに鳥類繁殖地の分布図を重ねると調査すべき鳥類がわかります。地熱発電ですと地熱発電所分布図と火山分布図や温泉分布図を重ねます候補地が絞られます。滋賀県で地熱発電の適地を見出すのはむつかしいことになります。植物では植物群落レッドデータブック、生態系レッドリストなどを見ると保護すべき生物の記載があります。また、国土地理院やグーグルから発信されている詳細な3D画像、地形図、地質図、ハザードマップなど重ねると田圃、畑地、荒れた⼈⼯林、耕作放棄地などがわかります。

III-3 太陽光発電と環境保全

太陽光発電所 が急増する一方で、 各地でトラブル が発生するようになりました。スケールメリットをもとめて規模が⼤くなり、初期投資の回収が急がれたために 環境アセスメントおよび対策が後まわしされたからです。森林の伐採や草地などの造成をともなう開発では 、⼭間地の⾍⾷い状の開発、地表植⽣の除去による生息地喪失や分断化、土砂崩れや⽔⽂プロセ スへの影響、野⽣動物の移動の阻害などです。また住宅予 定地だった空き地, テニスコート, ゴルフ場跡地などの既開発地における太陽光発電所計画でも見なれないパネルからの景観問題が発生しています。それぞれ、⾃然のすがたも社会も地域によって多種多様です。したがって、自然エネルギー利用促進地域であっても一律に規制することはむつかしく、計画の策定段階で景観破壊、生物多様性への悪影響、電力の安定化や送電にかんする建設前に吟味する必要があります。広大な土地にすき間なくしきつめられた太陽光パネルは、植生からも景観からも防災の面から適地とはかんがえられません。個々に住んでいる人が地産地消を配慮しながら違和感なくとけこめる範囲が一つの目安になり、重要です。ケースバイケースで判断されるべき事項が多く含まれています。

III-4 里山・里地の住み分けと共生

里山・里地はよく話題になります。町の近くの山地が太陽光発電、バイオマス発電、風力発電の候補地に敵地かどうかの問題です。太陽光発電ですと住宅や工場の屋根に太陽光パネルを設置する場合には問題は少ないのですが、地表メガソーラーになりますと、広い敷地が必要となり、しばしば里地・里山が候補地になり景観破壊問題発生します。太陽光発電にかぎらずバイマス発電でも経済性の高い、町に里山がよく候補地になります。しかし、燃料の長期安定供給のために一定期間里山が伐採されて災害の危険が高まる懸念があります。したがってすべてを不適地とするべきとの極端な見解もあります。しかし、ひと昔まえを振り返りますと、里山・里地は村人が、燃料を採ったり、堆肥を作ったり、柴を刈り田にすき込むなど農業をささえてきた山林です。生活習慣が変ったために、里山からの堆肥や柴が不要となり里山と農業の関係はすっかり変わりました。今日では40~50年たつた森林が放置され、気象災害に弱く間伐など適切な管理が必要ですが、維持管理の経費が捻出できずにているところも多々あります。新たな視点から里地・里山を、バランスのよくつかう対策が必要になっています。ローカルな固有条件を乱さない範囲で自然エネルギーを有効利用する方策を検討、吟味する段階になっています。里地・里山でのエネルギー開発は自然破壊との関係は裏腹になっているとはかんがえられません。

コラムIII-1 日本生態学会長のメッセージ

日本生態学会では地球温暖化ガス削減と環境保全について会長メッセージが出されております。要約しますと、“まず、「温室効果ガスの排出を2050年までに実質ゼロにする」野心的な目標を大いに歓迎する。ただ一方で、日本各地ではメガソーラーや風力発電施設の環境影響が危惧されており、日本生態学会会員の間では、発電所建設が引き起こす生態系や生物多様性に対する影響が懸念されているところでもあります。大規模な太陽光発電施設(メガソーラー)は、二次林、植林地、草地などの里地里山の土地を改変して設置されることが多く、景観破壊や土砂崩れ等の災害を引き起こすばかりでなく、里地里山の生物多様性への影響が問題となっています。気候変動問題はグローバルかつ将来世代の問題であるのに対して、生物多様性はローカルで現世代の問題であるという捉え方をされ、将来の環境問題解決のためには、ローカルな環境問題には目をつぶるべきだという議論も聞かれます。しかし、気候変動対策と生物多様性保全は、ともに将来世代の利益につながる重要な問題であり、一方の問題解決のため、もう一方を犠牲にすることは望ましくない。気候変動対策と生物多様性保全のいずれもが両立するような最適解を見つけることが望ましい。さらに、実行計画の策定にあたっては自然公園等、法的な保護担保措置がとられている区域はもちろん、植物群落レッドデータブック、生態系レッドリスト、重要湿地等、国、地方公共団体、公益法人等によって選定された区域についても考慮に入れるべきである”、と述べられています。【日本生態学会会長メッセージ(2021年3月22日)】

 

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