滋賀県高島モデル

はじめに

政府の2050年カーボンニュートラル宣言の着実な実施に向け、叡智の結集がはかられています。従来のグローバルな視点からの対策を見なおし、ローカルな視点から地球温暖化防止にかかわる具体的対策の推進、展開は喫緊の課題となっています。すでにカーボンフリーエネルギーの開発、普及、促進をはかるために種々の事業が行われています。なかでも、太陽光発電と風力発電はその主役になりつつあります。しかし、これらの再生可能なエネルギーは、時間帯や天候、季節などにより発電量が大きく変動するため、電力の需要・供給を平準化する装置があらたに必要です。

そこで、新しい電力平準化装置として{蓄電池としての一の瀬川混合水力発電}〜〜高島モデル〜〜を提案し、実効性のあることを検証しております。この発電システムは揚水と自然水を併用した混合水力発電で、変動性の激しい電力の平準化と防災対策が目的です。対象は灌漑用として整備された安曇川の合同井堰と奥山ダムの二つの貯留水で、まず昼間の太陽光発電からの余剰電力つかって合同井堰から奥山ダムへ貯留水を揚水し、夕方や夜の電力需要のピーク時に一の瀬川の自然水とともに落下させ発電します。災害時にも電力供給が可能で、農業用水の安定供給にも役立ちます。 

揚水発電についてはすでに稼働している発電所もありますが、いずれも大型で、中・小規模の揚水発電所は見当たりません。その理由は、揚水発電に不可欠な上池と下池の建設に膨大なコストがかかり、中・小規模では採算がとれないからです。近年、低炭素社会戦略センターでは新揚水発電と名づけ、既存の多目的ダムを下池に使った揚水発電を蓄電池としてもちいる先駆的な研究を発表しています。その結果、ナトリウム・硫黄電池やリチウム電池などの化学電池にくらべると現況では高価になるものの、わが国の揚水発電のポテンシャルは十分あり、気候変動などへの対応を考慮して研究開発を押し進める必要があることが強調されています。

ここで述べます高島モデルでは、新揚水発電をさらに一歩すすめ、下池、上池の両方とも既存の灌漑用井堰やダムを活用し、本来の機能をそこなうことのない範囲で、揚水と自然水とを合わせ落下、発電するものです。大幅なコスト削減になると考えています。

※なお、この計画は2050年カーボンニュートラルへ向けた構想 ”カーボンフリーエナジーたかしま” のなかから生まれてきたものです。
※本混合水発電は経産省の小型水力発電の範疇に該当しないとのことでこのプロジェクトは中断しています。

(1)一の瀬川混合水力発電所〜〜高島モデル〜〜の概況

揚水発電は、水力発電の高い信頼性と長い耐用年数にくわえて、エネルギー変換率が高く、比較的制御が容易である利点を活かした電力エネルギーの貯蔵システムです。上下二つの調整池を設けて、電力供給が需要を超える時間帯には下部調整池からポンプを使って貯留水を上部調整池に揚水し、逆に需要が多くなれば発電します。上池と下池、発電機、導水管から構成され、総合効率は70~85%です。

高島モデルの対象地域として、安曇川本流の合同井堰、一ノ瀬川と灌漑用奥山ダム、さらに安曇川下流の扇状地を選定しました。これらの位置関係は図1、図2に示すとおりです。南から流れてきた安曇川は朽木で北川と合流し流路を大きく東に変え、豊かな田園をつくりながら琵琶湖にそそいでいます。一の瀬川は北から安曇川に合流する支流で、灌漑用奥山ダムは一ノ瀬川の中間に1971年につくられています。この奥山ダム上流にも小さなダムがあります。歴史的にみますと、この安曇川は水量の変化が激しく、安定した取水が困難で、かつて水争いがひんぱんにおこっておりました。また1949年と1953年には台風により大きな被害を受けています。このようことから、今日では合同井堰と奥山ダムが完備し、安曇川扇状地にくまなく敷かれた水路網によって灌漑用水はコントロールされています。水路網の管理は農家の組合員で構成された団体水土里ネット安曇川沿岸によって運営され、奥山ダムの管理は滋賀県がおこなっています。水路の取水口が4つあり、合同井堰の第一取水口と下流の第三取水口が大きくなっています。用水量は季節による変化が大きく、稲の生育期(代捲~普通期)の取水量は多く、冬季~苗代期は少なくなっています。さらに水が不足するときには琵琶湖からも少量揚水しています(図3)。

(2)一の瀬川混合水力発電所

高島モデル、一の瀬川混合水力発電所では、安曇川からの揚水と一ノ瀬川の自然水を併せた水力で発電するもので、混合水力発電になります。目的は再生可能エネルギーの電力の平準化のための蓄電です。特筆されるのは上池、下池とも既存の貯水池を活用していることです。

新揚水発電:

すでに触れましたように、低炭素社会戦力センター(LCS)から”日本における蓄電池システムとしての揚水発電のポテンシャルとコスト”に関する研究成果が発表されています。この発電システムでは下池に既存の多目的ダムを使い、経費の削減をはかっています。上池には新たに規模の小さいダムを多数建設していますが、建設費の大半はこれら上池の建設費がしめています。他に水車発電機費と管水路建設費が主な建設費用です。 

上池としての奥山ダム:

一の瀬川には奥山ダムとさらに上流に小さなダムがあります。流域面積は一の瀬川および支流で3.4km2です。流域北東部は自衛隊の饗庭野演習場になっています。このモデルでは一の瀬川の流水も有効に利用し、奥山ダムを上池に合同井堰を下池にした揚水発電です。奥山ダムはアースダムで、満水位が180m、有効貯水量564×10m3、湛水面積10haとなっています。ダムの上流にあります、もう一つ小さなダムは、満水位が210m、湛水面積1haで、奥山ダムとの直線距離は600mです。

下池としての合同井堰:

合同井堰は安曇川本流に築造されており、集水は安曇川と荒川発電所(関西電力)からの放水の二つです。いずれの流入量も詳細なデータは調査中ですが、2021年4月15日のグーグルアースの画像から湛水面積を求めますと1.2万m3になり、湛水面の標高を148mと仮定しますと3.6万m3になります。また奥山ダムとの直線距離は1350mです。

(3)設備コストと発電コスト

設備コスト:

高島モデルでの設備コストは、上池、下池とも既存の施設を利用しますので、設備費の大半は水車発電機費と管水路建設費になります。LCSにより調査された全国650か所の新揚水発電所の総建設費は平均27.3億円、設備コストは35~45円/kWhになっております。建設コストの内訳をみますと、上池の新設のために56.2%(15.4億円)、水車発電機に13.9%(3.8億円)、管水路建設に16.6%(4.5億円)です。高島モデルでは上池、下池とも建設費は不要で、LCSの建設費より15.4億円節減されます。発電方式はタンデム方式が効率がよいとされています。管水路建設については、高島モデルでは高度差も小さく、既設の道路が近くにありますので大きな問題はなく、コストは低くなるものと見られます。概略ですが数億円~10億円が目安ではないでしょうか。

発電コスト:

LCSでは買電価格を10円/kWh、効率は85%とし、発電コストは19~21円/kWhと見積もっています。現在の昼間電力の価格は10円/kWhより安くなっていますので、効率は同じく85%としても高島モデルではもう少し安く見積もれそうです。

管水路は右岸に設け、発電所は合同井堰近くに建設します

(4)ケーススタディ

一の瀬川混合水力発電について、地理・地質学的視点、工学的な視点を中心に建設可能な条件を模索してきました。また最近の揚水発電の研究成果との比較をこころみ、政府の脱炭素化促進のための再エネ補助金制度も検討しました。これらを総合的に評価しますと、高島モデルは、いくつもの異なった発電プロセスが考えられます。

つぎに、現況から想定される二つのケース、A-1(上池の可能揚水量を170×103 m3、発電時間5時間/日に設定した場合)とA-2(発電規模を1000kW未満(FIT充電価格29円/kWh*、揚水時間11時間/日)にした場合)について算出しました。表2に概略の方式・規模・仕様を、LCSの新揚水発電所のモデルとともに記載していります。(※その後の調査でこのシステムは水量発電には認定されず、FIT価格は適用されないとの指摘がありました)。

〇ケースA-1

・蓄電可能容量は12MWh、一日に一回需要の多い夕方などに5時間発電し、揚水は太陽光発電所などからの余剰電力や深夜電力などをつかって行います。発電可能容量はLCAの図(図11)から発電可能容量(170×103 m3)、落差(40m)から求めたものです。このケースでは上池(奥山ダム)には余裕がありますが、下池の合同井堰の貯留水量が渇水期にも十分な量あるかどうか検証する必要があります。設計にあたっては、井堰の容量と安曇川の流入量に関する資料、農業用水の利用量、一ノ瀬川からの流入量の季節変化に対応したデータなどをつかって、発電量をシミュレーションする必要があります。発電規模は1000〜5000kWの範囲で、FIT価格では27円*なります。

〇ケースA-2

・発電規模を1000kW未満にしています。したがって、発電、揚水時間が長くなり、蓄電量も減少しますが、FIT価格は高くなり29円*になります。蓄電可能容量は10MWh/日でA-1より少し小さくなります。

(5)まとめ

以上述べましたように、{蓄電池としての一の瀬川混合水力発電}〜〜高島モデル〜〜は地産地消型カーボンニュートラルの実現のための実効性の高いモデルと評価できます。しかし、グランドデザインを完成させるためには、さらに地理・地質調査、ダムと堰の貯水量など詳細な調査が必要です。そのうえに、基本設計、工事、評価へと進むことになります。また、ここでは触れませんでしたが、住民の意向および生態系や生物多様性の保全には配慮が欠かせません。この発電所建設によって二次林、植林地、草地などの里地里山の土地が大きく破壊されることはないと考えられますが、実行計画の策定にあたっては、自然環境、漁業、林業にかんする住民や専門家による調査や助言を踏まえて、地域全体の合意形成を図りこの野心的な事業が推進されることを願っています。

<参考文献>

国立研究開発法人科学技術振興機構 低炭素社会戦略センター:
 日本における蓄電池システムとしての揚水発電のポテンシャルとコスト 平成31年1月
国立研究開発法人科学技術振興機構 低炭素社会戦略センター:
 日本における蓄電池システムとしての揚水発電のポテンシャルとコスト(Vol.2) 令和2年2月
国立研究開発法人科学技術振興機構 低炭素社会戦略センター:
 日本における蓄電池システムとしての揚水発電のポテンシャルとコスト(Vol.3) 令和3年2月
国立研究開発法人科学技術振興機構 低炭素社会戦略センター:
 日本における蓄電池システムとしての揚水発電のポテンシャルとコスト(Vol.4) 令和4年3月

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